二萬打SS

□Eve 1
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『ユーリ、大切な話がある』







騒々しい人混みの道を歩いている最中に聴こえた言葉。



小さな声だったから、聞き間違えかと振り向けば、
いつもより、ずっと真剣な瞳が真っ直ぐ此方を見つめていた。



すれ違う人々と肩がぶつかり合うのも気にせずに、
おれは群の中で歩むのを止めた。


…そして彼も。


『なに、今?』

『否…今ではない』

『なんで?』

『今話す事ではないからだ。…今ではないと聴いてくれないのか?』

『そうじゃ、ないけど……』



綺麗な顔立ちが不安に歪むのを見て、おれは慌てて首を降った。



なんだよその顔…
なんでそんな顔、するんだよ。




「無理にとは言わない」




なんだか…怖い。


よく解らないけど、ナニかが変わってしまう気がして……






時間が必要だから…

だから1ヶ月後の今日、夜に…この場所で待ってる。



ユーリが来てくれるかどうか、問いはしない。


嫌ならそれでも構わない。





ただぼくは…



お前と初めて出会ったこの場所で、


待っているから…―





勝手だ。

気にさせといて、今は教えてくれないなんて…



誘っといて、

おれの答えは聞かないなんて……




なんだよ、それ……―















Eve 1









『当駅を御利用のお客様に重ねてお知らせとお詫びを申し上げます………―』







『チクショウッ!』



…って悪態を、おれの隣に立ってる若い兄さん吐いていてビビった。



気持ちは解る……というか正直同じ気分だった。


おれは今、乗り換えの駅のホームの片隅にいる。


ごった返す人の群の中で何処へ足を進める事もなくただただ電子掲示板を飽きる程眺めていた。
もうかれこれ30分は同じ掲示。


(どうしよう…)



今日はクリスマスイブ…



こんな日に事故だなんて…なんだか逆に事故に遭った人が可哀想にすら思えてしまう。

これはおれがお人好しだから…?





やっぱりイブの日だけあるのかホームにもカップルが目立った。
みんな、誰か想い合う相手と夜を過ごすんだろうな…




手を繋いだ目の前のカップルを見ると、少々恥ずかしそうに繋いでいて…
いつもならこんな事思わないのに…
今日は、なんとなく微笑ましい。




そんな時、ふと脳裏をよぎったのは輝く蜂蜜色で…
(…なっ、なんでここでアイツが出てくるんだよ!!)



思いっきり首を振って邪念を払った。




解ってる。


この国の常識も、世間体も……



でも少しずつ心を占領していく新たな気持ちに、最近…とうとうおれは気付き始めてしまった。

そうなると人間大変なもんで。
何をしててもふとした瞬間に相手の事ばかり考えてしまう…。




「まだ待って…るのかな……」




もう待ち合わせの時間はとっくに過ぎていた。
にも拘わらず、やっと乗れると思った電車はこうして事故でアウト。

間に合わないとは覚悟していたけど……



おれは諦め半分でポケットに突っ込まれていた携帯を引っ張りだした。
さっき掛けた時は留守電だったけど今度はどうかな。



目的地の周辺はあんまり電波状況が良くないって前に村田がぼやいてたし、

待たせてしまっているみたいだからなるべくこの辺で連絡を付けたかった。

些か充電があと一個なのが気になりながら、電話帳を開いて…勢いを付けてボタンを押した。




いろんな言い訳をしてみてるけど、
結局は単に声が聴きたかっただけ。


ただそれだけ。

それだけの行動…




断片的な機械音が鳴り続ける。




繋がったとして…






それでおれは一体なんて話掛けるんだ…?



「馬鹿か、おれ…」


思えば最後に会ったときから一ヶ月。
なんとなく気まずくて連絡は取ってなかった。
いつもならこんなこと思ったりしないのに、今日はなんだか特別に感じてしまって…



出てくる言葉さえ思い付かなくて、とにかく一度切ろうと電源ボタンに手をかけた。




その時。




カチャッ、と電話が繋がる音がした。
遅かった。



『…はい』


少しだけ低い声が鼓膜を掠める。
どうしよう。
なんて声掛ければいいんだろう。

あの日以来の声は耳に心地良くて、
そんな場合じゃないって解っていながら、思わずその知った声に聴き呆けた。



そんな時の、衝撃。




『…優姫だな。ずっと待っていたのに何故連絡をしなかった』



おれは頭を打たれた気分で今の言葉を反復した。

……え、何。
其れは、おれじゃない…



『今何処にいる。あぁそれから例の件だが、実は…』

『…ぁ、あのヴォル、フラム?』








その瞬間、受話器越しに空気が凍ったのが伝わった。


『ュ……ユー、リ』


さっきまでの気分が急に冷えていく。




相手がおれだったから…

『ぁ…、あぁユーリ…だったか。すまない、考え事をしていたから画面をよく見ていなかった』


おれだっから、そんな声だすのかよ。




『どうした』

『ぁ…べッ、別に』


おれは唯…声が聞きたかった、だけで…



『…そうか、すまなかったな』

『いや、おれこそごめん』



どうしたって元々呼んだのはそっちじゃないか。



おれにあんな約束しといて、


気になる事言っておいて…



よりにもよって今夜、違う奴と会う約束をしたのか……?







その時ピピッいうと機械音がして画面を見ると充電の警告を表す文字が出ていた。



もうすぐ消える、そう思った。
おれとあいつの繋がりが…



『ごめん。もう、切るわ』

『ユーリ、誤解するなよ。ぼくは…』

『大丈夫だよ。そ、な必要…ないだろ』


だって誤解も何も、事実なんだろ。



『ユーリ、……ユーリ?泣いて、いるのか?』

『え……?』




言われるまで気付かなかった。
目から流れる熱いものが、溢れ出して…


「ぁ…」



止まらない。



『ッ…は、馬鹿じゃね―のお前。んなゎ、けないッだろ』

『ユーリ。今言ったばかりだろう!ぼくは今日ただっ…………』




ピピッピピッ…



『聞いているのかユー……―』




ピ―――――…ッ















「ふッ…馬鹿じゃねーの?してない。してねーよ…誤解、ッなん…てッ」


携帯を離したら『充電して下さい』の点滅がして、次には真っ黒になった。




直ぐに嗚咽が襲ってきて、慌てて口を塞ぐ。








いつの間に携帯をポケットに直したのか、思い出せない。



気付いてしまってから止めどなく溢れ続ける涙を手の甲で抑えたけど、収まらない。



「だって、そんな関係じゃなかった訳だ、し」






混雑したホームの真ん中で一人泣いてる姿はさぞ滑稽に見えるんだろ。


でもおれには、どうしたらいいのか解らなくて。





人の話声、駅員のアナウンス、到着した別の電車の音。

騒がしい音が錯綜する中で、



おれは姿を隠すように、





泣いた。









 

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